#15 登録日本語教員の制度の是非

「むかつくのだよ、偉そうな奴と偉くないのに偉い奴が……いや…もう好きだな」
                           (『進撃の巨人』諫山創 )

「登録日本語教員」という制度、日本語教師をしている人の中で喜んでいる人がいるのだろうか?
喜んでいるのは、制度をつくったことで仕事を創作して当局のポストに収まった人、あるいは、
そこから仕事の発注を受けた日本語教育業界の偉い先生方だけではないか、と私は思っている。

ちなみに、「登録日本語教員」も「認定日本語教育機関」も、文科省の制度である。
その制度の目的は、国内の日本語教育の質の担保。もう少し言葉を加えるなら、
「信頼できる日本語学校と日本語教師を、外国人日本語学習者が選びやすくするため」である。

確かに、一理ある。ただし、これで多くの日本語学校がより良いものになるなら…だけど。
実際に起こることは、学校の質の向上ではなく淘汰とか、体裁作りが巧妙化するだけの予感。

まあ、何にせよ、日本語教育が法の制度下におかれたこと自体は良いのかもしれない。
なぜなら、まずは法の下におかれていないと、国が何かやろうとしても何もできないから。
これは、警察と同じ。警察も法律という根拠があれば動ける。なければ越権行為。

だけど、何かいろいろと違和感を覚える。
皆の衆が生きていくために必死な闇市に、「今からここはお上が仕切る!」みたいな。

制度についての話し合いの中には、「国家資格化で処遇向上」「社会の認知度向上」など
耳障りのいい言葉が散りばめられてはいるが、そんな淡い期待は捨てた方がいいだろう。

「認定日本語教育機関」の方は理解できる。文科省が日本語学校を管轄するという話。
だけど、「登録日本語教員」の方は全く承服できない。
なぜなら、日本語教員を立派に育てるのは、それぞれの学校が研修で行うべきであって、
文科省が、お墨付きを与えればいいというようなものではないからだ。
「試験に合格できて国家資格を得たら立派な授業ができる」なんて甘いものではない。

多人数相手に質の良い授業をすることは、教師養成講座を出たばかりの新人には難しい。
それに、各学校にはそれぞれの教え方、方針というものもある。
私が考えるに、新人は、最低でも30日程度は、専任講師のアシスタントをしたり、
授業を専任講師に見てもらって指導を受けて、それからデビューとするべきだ。

だけど、今の制度では、国家資格のない新人は、日本語学校に応募することもできない。
認定日本語教育機関で働くには、国家資格をもつ登録日本語教員でなければならないから。

しかも、この国家資格、取得する費用がバカ高い割に、その後の未来に希望がない。
基礎試験+応用試験+実践研修+登録手数料などで、およそ75000円で、しかも、
その試験を受けるための参考書代+勉強に費やす時間を考えると、震えがくる。
そして、晴れて日本語学校で教壇デビューできたとしても、地獄の日々という…

「認定」と言う名の下に、日本語学校の取り締まりを、文科省はするのではなく、
日本語教育業界と多文化共生社会の成熟のために支援するという姿勢を見せること。
文科省が既存の業界に示さなければならなかったのは、そういう姿勢だと思う。

健全な運営ができるように、教務主任と経営者を育てる仕組みを作ること。
新人が安心デビューできるように、日本語学校が新人研修することを義務化すること。
文科省が取り組むべきことは、こういうことなのではないかと思う。

だいたい、今の日本語教師から「登録してやるから金を払え」って何なの?
そうは言っても、登録日本語教員、私もとりましたよ。経過措置の一番お安いルートで。
それでも3万円弱。とは言っても、今、日本語学校で働いていませんけれども。
やっぱり、国家資格とか学歴とか検定合格とかっていう保険、人生には必要だよね。
それでも、やっぱりムカっ腹立つ。「お金取られた。ワープアなのに!」

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