#38 イタリアで教師デビュー!

「お前ら…二人とも初陣でションベン漏らして泣いていたくせに…立派になったもんだな」
(『進撃の巨人』諫山創 )
イタリアは、初の海外旅行先で約1ヶ月半の滞在。日本語教師としての私の第一歩の国。
「研修先を自分で見つけて日本語授業をしてくる」という養成講座のプログラムの一環で、
各人が好きな国(もしくは国内教育機関)へ行くというのがあったのだが、私は困っていた。
なぜなら、「日本語教師になりたい」というモチベーションが足りていなかったから。
「日本語教師だったらできるかも」と、前職に生き甲斐のなさを感じて、逃げてきた。
理由は、大学でフランス語をやっていたことと、外国語の勉強が好きなことだった。
もちろん勉強の日々は楽しかったが、外国人にそれを教えるというイメージは持てなかった。
誰とでも友達になれるような性格ではないし、ましてや外国人なんて…。
けれども、それまでの自分の人生に行き詰まり、「変わりたい」という気持ちだけはあった。
そういうわけで、オーストラリアや欧米に行きたいという思いはうっすらとあったが、
実は、英語圏では、日本語を教えるという仕事はほとんどない。あっても壁が高すぎた。
仕事があるのは、中国、韓国、東南アジア…。当時の私は、そこに興味が湧かなかった。
研修先が決まらず途方にくれていたところに、養成講座の同期が声をかけてくれた。
「以前の留学先の先生に頼んで研修させてもらおうと思っているんだけど、一緒にどお?」
当時の私がそれをどう感じたかは忘れたが、今思えば、まさに神の思し召し。
ということで、研修先も滞在先も全て、彼女が手筈をつけてくれて、いざ出発!
日本とはまるで別世界の、ミラノ、フィレンツェ、ローマ。これは現実世界?と感じた。
何よりイタリアに通じていてイタリア語が話せるパートナーがいたのも良かった。
滞在先は山間部で、秋から冬の時期でかなり寒かったが、そんなのは全然平気だった。
研修先は、大学の日本語学科。先生と打ち合わせをするために先生に会いに行った。
研修の時間と内容はそこで決めたのだけど、「その場で決めた感」にも大変驚いた。
普通だったら、今あの場でやるのは決定事項の確認。だけど、それは「日本での普通」。
何でも場当たり的にやっていくということにカルチャーショックを受けつつも、楽しめた。
いろいろなことをさせてもらったが、一番印象に残っているのは、ひらがなの導入。
学期が始まってすぐの初級の授業だから、まだ日本語や日本人が珍しく感じている学生たち。
学生は50人くらいいたかも。みんなに見えるような50音表やフラッシュカードを作成した。
授業当日は、みなさん暖かく迎えてはくれたが、こちらはデビュー戦。緊張が伴う。
いくつかのひらがなを紹介したあと、フラッシュカードで読めるかどうか試す。
すると、「さ」とか「ち」などのフラッシュカードを出そうとするときに、
「ドゥルルルルル」とイタリア人の巻舌のドラムロールが起こり始めた。
「じゃ、これは?」ドゥルルルルル…「ち!」(爆笑)なんて陽気な人たち!
「イタリア人は陽気」というステレオタイプそのままだった(笑)。
漢字の授業は、大学の先生の講義の間、机間巡回をさせてもらった。
面白い筆順で書く人、絵のように時間をかけて漢字芸術作品を作る人など。
子供のように漢字を楽しみながら「Che fantastico!」とつぶやく人などなど。
もちろん、「どうすればいいの?」と思うこともたくさんあった。
黒板とチョークはあるのに、黒板は滑り&チョークは硬すぎでまったく書けないとか。
パートナーも茶道のセレモニーを予定していたのにまともな道具が揃わないとか。
それでも、その場その場で、できる範囲で何とかするという大切さを学ぶことができた。
研修は打ち合わせや授業までの待機など合わせて約2週間だったと思う。
その他の日は、イタリア生活とイタリア旅行を十分に楽しむための時間に使えた。
旅行や生活のこと、そして、何よりイタリア語については、来週のブログで書こうと思う。


