#5 格差を自覚した日

「その日、人類は思い出した。ヤツらに支配されていた恐怖を…鳥籠の中に囚われていた屈辱を…」
(『進撃の巨人』諫山創 )
私は今、オンラインで日本語を教える授業の他に、
特定技能外国人介護スタッフに週一回100分、対面で教えている。
実は、この病院での日本語教育が、自分で開業しようと思い立ったきっかけの一つだった。
通勤に片道1時間かかるものの、10人相手の100分授業で、
収入はそこら辺の日本語学校とは比べ物にならないほど高額だった。
はじめてこの条件を聞いた時、小躍りしたくなるくらい嬉しかった。
でも、こういうウマい話、大丈夫なのだろうかとしばらくは思っていたが、全然大丈夫だった。
そして、何度か通って、落ち着いて考えてみた。「どうしてこんなに貰えるのだろうか?」
そこで気がついた。
「看護学校の講師や他のセミナー講師の講師料がこのぐらいの水準なのだ!」と。
日本語学校に勤める講師の給与額は、詰まるところ、業界の相場によって決まっている。
そして、その相場は、以前のブログで書いたように、我々教師の意識の低さのせいで、低賃金の設定。
以前からそれはわかっていたはずなのだけど…。本当にもう、お人好しだよね。
今頃になってやっと、世間との格差を実感して、怒りに似た感情を抱いている。
これは、本当になんとかしなければならない問題だ。
ただ、この病院勤務のチャンスを得てレッスンも増えて安泰だと思えていたなら、
危機感は覚えなかっただろう。
当初の話では、「これから2期生、3期生と受け入れて授業が増えるからよろしく」とのことだった。
でも、病院側が頼りにしていた病院の日本人スタッフのお世話係の人が辞めたことで、
彼らを管理する人材が不足し、その煽りで、2期生は日本語の授業を受けることなく勤務している状態。
「ああ、この仕事もちょっと流れが変われば、すぐなくなってしまうんだなあ」と、危機感を感じている。
そういった、2つの経験もあって、やっぱり人を当てにしていたらダメなんだって思って今に至る。


