#10 研究は研究、教育は教育

「何が本当に正しいかなんて俺は言ってない。そんなことはわからないからな…」
(『進撃の巨人』諫山創)
復旧中のロシア語学習サイトは、独学で学習するためのサイトなのだけれど、
自分で言うのもどうかと思うが、かなりよくできたものだと自負している。
ロシア語の素人がつくったものだし、ネイティブチェックも少ししか受けていないし、
何より、巷に出回っているものとは、文法用語や捉え方がかなり違うので、
専門家からはかなりお叱りをうけそうな作りになっている。
でも、日本語教師のみなさんならお分かりだと思うが、
語学研究の専門家がまとめた体系を教師が学習者にレクチャーしても、
それがそのまま学習者の語学習得を促すということにはならない。
専門家の方々を批判しているのではない。
研究成果という原料を精製して学習者に使ってもらえるように加工して、
学習者の習得につながるようにするのは、教育者の仕事である。
だが語学教育・学習の書籍の多くは、相変わらず学習者に負担を強いるものばかりが目立つ。
というわけで、私が作ったサイトは、専門業界への忖度をせず、
あえて「素人が作りました」というテイストで学習者に寄り添うものとした。
ただ、私が作った独学用サイトは、あくまでも「独学用」、つまり「座学用」である。
旅行会話を盛り込んではいるものの、語彙と文法という言語知識を中心としたものだ。
したがって、当サイトで勉強しても、話せたり聞けたりするようにはならない。
もちろん、やりとりができるようになったりもしない。それは承知しているところだ。
私は外国語の勉強が好きだ。日本語とは違う発音や文法は、私にとってとても興味深い。
言語の違いは、物事の捉え方や考え方の違い、民族性の違いにまで影響する?とも思える。
こんなことを考えるのがとても好きだけど、そういう言語オタク的な人は少数派。
多くの人は「言葉はあくまでも道具で、それを使って何ができるか。」で良しとする。
さらには、「文法はどうでもいいから、まずはコミュニケーション」みたいな人までいる。
学習者がそう考えるなら、まあ、言語習得の専門家ではないから、そう思っても仕方がない。
でも、教えている人の中にもそんな人が結構いる。これは、とても残念なことだ。
とにかく、教師が学習者に外国語を教える際に心がけるべきことがあると思う。それは…
「語学研究的な正しさ」という呪縛を振り払って、学習に効果的な教育方法を考えること。
その一方で、学習者の将来に悪影響を残さないように、学術的に正しい教育をすること。
「学びて思わざれば、則ち暗し。思いて学ばざれば則ち危うし。」


