#42 直接法の是非

「巨人を倒す方法は1つ。ここを狙う!! 後頭部よりうなじにかけてのこの部分、巨人は
ここを大きく損傷すると再生することなく絶命する」(『進撃の巨人』諫山創 )

「直接法」という、語学教育における専門用語が何を指すかは、説明するまでもない。
…と言いたいところだけど、わかっていない人が多すぎると思ったので、まずそこから。

他人から職業について聞かれて「日本語教師です」と答えると、話の展開は決まって、
「へえ、すごいですね!じゃ、英語が話せるんですね!」という反応が返ってくるので、
「いえいえ、日本語で日本語を教えるんですよ。」みたいな返し、あるあるですよね?

この「日本語で日本語を教える」、これ自体を「直接法」と思っている人が多すぎる。
日本語学習者の母語(媒介語)を使わずに ” 直接 ” 日本語で教えるから「直接法」だと。
そんな短絡的なことに用語は要らない。「法」は "method" で、「方法」のことではない。
では、そんな「短絡法」と「直接法」の違いは何だろうか。(×「直 "説" 法」でもない)

まずは、結論を以下に。日本語教育・学習を前提として定義すると:

直接法とは、日本語の語句や表現について、学習者の母語を介さず、直接その意味や使い方を身につけさせる教授法である。教師が日本語学習者に日本語だけで教えることではない。

我々、日本の学校教育で英語を習ってきた者が、痛いほどよくわかっていること、それは、
「日本語で英語を習っても知識が増えるだけで英語が身につくわけではない」という事実。
我々が受けてきた英語教育は「訳読法」という、「直接法」の対極にある教授法だ。
「訳読法」で学び続けて、英語でのやりとり練習をおろそかにしたまま育ってしまうと、
いざ英会話を学び直そうとした時、知識が邪魔してストレスとなるという悪影響がでる。

だからこその「直接法」なのである。
例えば、"Teacher"は「先生」という紐付けだけでは、英語が身についたことにはならない。
"This is a pen"を日本語で何と言うか、ではなく、それをいつどんな場面で使うかを実感させ、実際の場面を想定したやりとりをして、自分ごととして応用させてみる、などの練習をする。そういった「身につけさせる」仕掛けのある授業が、「直接法」の授業である。

「わかっています。私はそういう直接法の授業をしています」という先生方も多いだろう。
では、そんな先生方に問いますが、授業中に日本語で文法の説明をしていませんか?
もう、それをやった時点で、直接法の授業として壊れていますよ。

「文法の説明」などという高次元の認知を必要とすることが直接法に含まれるはずがない。
「日本語の語句や表現について、直接その意味や使い方を身につけさせる」メソッドは、
抽象度が上がれば上がるほど、その行使が難しくなる。
「直接法」の欠点の一つに、「学習者が誤解する危険性」というのが挙げられるが、
その最たる行為が「日本語による日本語の説明」というメタ認知を求める行為である。

多くの先生方は、文法説明をシンプルでわかりやすく行うことを目指していると思う。
私もそれが悪いことだとは思っていないが、それと同じかそれ以上の説明が
文法解説書やインターネットで読めば、現代はAIに聞けば、母語で理解できるのだ。
もちろん、専門家から見るとウソに近いことも多く書いてあることは承知している。
けれど、我々教師も誤解を与えたり経験不足から誤った情報を与えたりすることがある。
だから、トータルすればどっちもどっち。対局的に見れば大きな差はないだろう。

私は直接法を否定したいのではなく、以下のような素人考えを正したいだけだ。
「入門時期の学習者に直接法は無理がある。直接法は中級になってからでいい」
いやいや、それではダメ。入門時からの触れ合いでこそ「直接法」なのよ。
誤解も生じるかもしれないけど、それがコミュニケーションというものだし、
誤解を埋め合わそうとするからこそ、やりとりが身についていくものなのよ。
誤解の危険性を補って余りあるものが、得難いものが、そこにあるのよ。

では、「誤解」の危険性はどうするか。簡単。母語での文法解説を読めばOK。
日本語を身につけさせる授業、つまり「直接法」とは日本語で教えることではない。
授業外は母語でもいいけど、授業内は、母語が頭に浮かばない時間にすること。
母語が頭に浮かんでしまうかもしれない「日本語で文法説明を受ける」という時間を
できるだけ省いて授業できるかどうか。それが日本語教師の専門性だと私は考える。

そして、学習者の学習が進み、日本語を日本語で理解できるようになるにつれて、
授業内で行われる「直接法」というメソッドは影を潜めていく。それに代わって、
「読解」「聴講」「議論」「課題遂行」という、高次元の授業を日本語で行う。
このレベルに学習者が達すれば、「教師が日本語で日本語を教える」のもよいだろう。

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