#18 教師としての経験

「それは…何故、人は芋を食べるのか?」という話でしょうか?」
(『進撃の巨人』諫山創 )
「日本語教師」というのはどんな人か?まあ、それは、「外国人の日本語学習者に日本語を教える人」。
それは、共通していると思うのだけれども、実は、その仕事内容は、一言で括れるものではない。
どこで、どこに所属して、どのような働き方で…という要素が加われば、その仕事内容は多種多様となる。
例えば、日本語学校なら、常勤講師か非常勤講師か、学生はどこの国からで留学目的は何か…などなど。
地域のボランティア教室なら、教室に通う人たちは留学生ではなく生活者で子どもから大人まで様々だし、
ボランティア教師はその専門性に幅があり「教師」というより「支援者」という立場でかかわっていたり…。
他にも、大きく異なる要素と言えば、「日本国内で教えるか、海外で教えるか」というのもある。
この二つは、もう「全く」と言っていいほど、キャリアとして異なる。
そのため、国内の日本語学校の採用担当者には「海外での経験は教師のキャリアとしてカウントしない」
と考える人も多く、それどころか、むしろ「マイナス」とか「使えない」と思っているふしもある。
実際、私も日本語学校で働いているときはそう思っていた。
この二つ、ざっくり何が違うかと言えば、
国内の日本語学校は、教育目的が「進学」で資格試験や入学試験に合格させることで、
教え方はシラバス項目に沿った内容を教師チームが学生の頭に詰め込んでいくというスタイル。
一方、海外の高校や大学は、教育目的は「教養」を身につけることで、
日本語を通して何を学ぶか、どんな仕事に就くかは学生次第で、
教育機関が日本人教師に求めるのは主に会話担当であり、客寄せパンダの役割である。
私は、日本語教師として、国内も海外も経験している。最初は国内で非常勤デビューだった。
その後常勤で数年働いたのだが、だんだんと学校の方針や自分の働き方に疑問を持つようになって、
だんだんやりがいも感じられなくなっていった。そして、苦悩の末、海外で教えることを決意した。
海外へ渡るときは、それまでの経験からくる自信もあったけど、すぐにそんなものは消し飛んだ。
まあ、ゼロスタートではなかったが、イチからのスタートだったと言っても過言ではなかったと思う。
特に違ったのは、赴任先での仕事は「会話担当」がメインだったところ。
国内の日本語学校では、文法表現をわかりやすく教えるかが教師に求められる重要な技能だった。
けれども、赴任先ではそれは現地人ノンネイティブの日本語教師の仕事だった。
というわけで、そこでやらなければいけないことは、以下のとおり。
まず、【文法項目の使用場面】→【その場面での会話例】→【会話のバリエーション】を考える。
次に、それを「逆算」して、発話意欲を刺激する会話授業の組み立てを考える。
授業の最初は、会話場面を聞いたり見たりというインプットをすることから。
「聞いてわかる→内容はわかる」けれども、「知らない文法表現に気づく」ことから始まる。
その後、「文法表現の定着練習」 → 「場面やタスクを与えて、習った文法表現を使ってみる」
当然、その場ではうまく文法表現を使って話せなかったりするのだけれども、
まあ、トライすることが大事で、できた or できなかったを味わう体験をした…で、授業が終わる。
実は、この「コミュニケーション中心の授業」って、僕が海外へ出た10数年前から言われていた。
だけど、国内の日本語教育の現場の、コミュ中心の授業スタイルの確立は遅々として進んでいない。
なぜか?思いつくのは、「やり方を変えたくない」という教師側と経営側の教育姿勢の問題や、
「はっきり評価できない」ということを恐れているという問題があるような気がする。
日本語学校という組織は、硬直化しやすい性質を持っていると思う。とにかく変化することを拒む。
教師側の「身につけた教え方を毎年繰り返して使いたい」という気持ちは、痛いほどよくわかる。
なぜなら、待遇は悪いし、やる気のない学生は多いしで、授業準備なんかやっていられないから。
何しろ、授業準備の労働時間はカウントされないのだから。
経営側も「変わらなきゃ」という意識はあるのかもしれないが、変化には投資のリスクが伴う。
何より教師としての経験がない故か、「よりよい語学教育のために身を切る!」とはなりにくい。
「評価をどうするか?」という面では、会話中心でやるよりも文法表現のほうがやりやすい。
文法中心のほうが教えたことが明確だし、教育効果を試験の点数という数字で測りやすい。
加えて、成績によってコース修了証書を出すことが、学校としての格につながる面もあるので、
明確な評価ができるようなシラバスやカリキュラムという根拠がどうしても必要なのだろう。
だけど、そういうタテマエを掲げている一方で、人間臭いことを裏でやっていたりもする。
話が逸れてしまったが、こういう考え方ができるのも国内と海外の両方で働いたからだと思う。
私なんかよりも優秀で向学心を持って日々アップデートしている先生であればまだしも、
そうではない人で国内の日本語学校しか経験がないと、視野が狭くなるのは仕方がない。
もし、私の考え方に共感してくれるなら、海外と国内の両方を体験することをおすすめする。


