#16 その作文はだれのため

「この紙に今を記し、今できることを全力でやる。私は屈しない」(『進撃の巨人』諌山創)
2025年の12月からブログを始めることを決意し、現在1か月以上がすぎた。
だけど、ここに来て、ふとあることに気づいた。「このブログはだれのため?」。
私が学生に作文を指導するときに大切にしていることは、「だれのために書いているか」である。
スピーチ原稿なら聴衆に聞いてもらうためだから「です・ます体」で書かなければならないし、
日記ではあれば、自分を相手に話していると考えれば「だ・である体」で書くのが普通。
相手が変われば、文体だけでなく、表現の硬い・軟らかいということも変わってくる。
若者言葉で親近感を表現したいときもあれば、フォーマルで硬い表現がふさわしいときもある。
文体や表現だけに、気を配ればいいというものではない。
どうやって書けば、相手にうまく伝わるのかも考えなければいけない。
だとすれば、どんな内容だと相手に読んでもらえるのかを考えたほうがいいと思うし、
相手の興味を引くために、書く順番とかどことどこをまとめるのかといった構成も大事だ。
ところで、「ブログ」(blog)とはweb+logの省略語で、意味はウェブサイトに載せる日記や記録。
そういう言葉に引っ張られて、「日記」的に、備忘録のように書いていたことに気が付いた。
このブログの目的は、起業しようとしている「私」を知ってもらうためであり、
想定している読者は、日本語教育や業界の体質に疑問を抱いている人だったはずだ。
それなのに、読者に対する意識を忘れて書きなぐっていた。日本語教師なのに。
そういうわけで、最初のブログから、手直しを入れることにした。
まずは、私はひとつの文が長くなったり、文末表現が長くなる傾向がある。
そこで、一つの文のまとまりが、一目で追えるぐらいの長さになることを優先した。
また、文全体がテーマに沿っているかどうかも考え、横道にそれている話をカットした。
あと、各方面にできるだけ失礼にならないように配慮しつつ、面白さも失わないよう見直した。
そういったことに気が付けたのは、やはり、読み手への配慮を意識したから。
これは、作文だけではなく、SNSでの発信でも同じことだ。
これからは、ネットの向こう側にいる読み手を忘れないように。自戒の念を込めて。


