#27 チームティーチングで大切なこと

「オレ達への補給任務を放棄して本部に籠城は無ぇだろ…
  案の定、巨人が群がってガスを補給しに行けねぇ……」(『進撃の巨人』諫山創 )

私は今、某日本語学校のオンラインコースの講師をしている。Prepl○とかitalk○とは違い、
1クラス1教科書で45回レッスンを数人の講師で回していくというスタイル。
日本語学校での対面授業のようなスタイル。違いはオンラインである点、そしてクラスが少人数な点。

概ね機嫌良く働かせてもらってはいるが、少し不満な点がある。それは講師任せの部分が大きいこと。
もちろん、最低限の決まりはある。カリキュラムと担当箇所。それ以外は講師個人の技量任せ。
だから、受講生の方から担当講師に対する苦情などがない限りは、問題になることはない。

そういえば一度、受講生からのクレームがあって、教務主任が授業見学に入ったことがあった。
まあ、結局大きな問題を指摘されたわけでもなく、受講生の方が過敏だったということになったが。
正直に言うと、授業見学をされるのはあまり気持ちがいいものではない。誰しもそうだと思うが。
けれど、授業を見てもらえるのは、自分では気づかなかったことを知ることができる貴重な機会だ。

私が日本語学校で担任をしていたときは、私のクラスの講師の方々にクラスのプランを伝えていた。
授業の目的や目標、そのため授業方法などを記したハンドアウトを渡し、初回の講師会で説明し、
学期が始まってからも、授業後はクラスの様子を聞いたり、アドバイスしたりということをしていた。

誤解のないように言っておくが、私は「だれがやっても同じになる授業」を目指しているのではない。
むしろ、先生方は一人一人皆違うのだから、ご自身の得意なやり方でやってもらいたいと思う。
ただしそれも程度モノ。極論だけど、例えば演説が得意な先生が一人で喋り続けるとかはダメかな。

話を戻すと、チームティーチングで初級後半の授業を行なっている際に感じている不満。
それは、「受講生が自分のことについて話す」時間を他の先生方が設けていないと思われる点。
まず、日々行われている授業の流れについてだが:
1)テーマに沿った場面で行われるであろう会話のCDを聴き、問題に答える。
2)CDの中で使われていた文法表現にフォーカスして説明後、文法を使った練習問題をする。
3)CDの中で行われていた会話の流れを目で確認し、その流れに沿って実際に会話をしてみて終了。

もちろん、3)の会話は、受講生が自分の考えでオリジナルの言葉を代入して練習する。
例えば、「私は唐揚げ定食にします」の部分を受講生自身が「私は〇〇定食にします」に代えて言う。
では、そういう代入をできたら、Can-doは達成したことになるのかといえば、私はそうは思わない。

というより、たとえどんなに良い授業をしたとしても、真の意味でCan-doが達成されることはない。
なぜなら、授業の中で「できた」としても、それは予定調和の中で「できた」だけだ、と思うから。
ただ、真の意味でのCan-do達成に少しでも近づくような工夫を教師はするべきだとは思う。

わたしが言いたいことは、上記の1)から3)を終えた後の4)が絶対的に必要だということ。
それは、受講生とやりとりしながら、彼ら自身の本当のことを話させるという時間を設けること。
例えば、「私は〇〇にします」は、料理じゃなくても、場所でも日付でもなんでも使えるので、
そういうことを受講生自身の生活や環境について話している中で発話させるように仕向けること。
もちろん、負荷の高い練習になるので、受講生は十中八九「〇〇にします」を使って言えない。
そこで、教師のほうから、「〇〇にしますか」と問いかけると、受講生は「あっ!」となる。

それでも、やはりその場でできるようになったりはしないものだ。
外国語を身につけるは「出たとこ勝負」を数回繰り返すことが必要となるだろう。
そして、その最初の一回こそ、授業でするべきなのではないかというのが私の持論。
そういう意味では、ロールプレイはダメ。予定調和の域を出ないから、知識程度で止まると思う。

まあ、考えは人それぞれだから、3)で止めてもいい。
ただ、それならそれで、教務全体でそういうコンセンサスを共有して欲しい。
方針を決めるのは教務主任。非常勤はそれに従う。なにも方針を示さないのはやめて欲しい。

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