#4 日本語業界、これでいいのか?

「今…生きていることが奇跡のように感じた…その瞬間、体の震えが止まった」
「その時から私は自分を完璧に支配できた」 (『進撃の巨人』諫山創)
わたしが日本語教師になった理由。それは「収入よりもやりがい」。
同じような理由で日本語教師になった人は、とても多いと思う。
でも、それは、雇用側から見ると「低賃金で雇える労働力」なわけで…。
教師を志す人には「学習者を相手に楽しく働いていければそれでいい」という考えの人が多く、
ビジネス的嗅覚がない人がほとんど。知らないけど。
一方、経営者というのは、だいたいがその真逆の人。
そういうわけで、次のような業態ができあがる。
経営者にとって大切なのは、学生を集めること。
もちろん、いい学生を集められるに越したことはないが、たいていそうはならない。
そうして集められたやる気のない学生の面倒を見るのは、教師の仕事。
「収入よりもやりがい」を求めてここへ来たはずなのに、
気がつけば、やりたくもない仕事をさせられて、しかも低賃金という事態に陥る。
結果、これ以上面倒が起きないように、、、という働き方を教職員がするようになる。
私は経営者になったことがないのでわからないが、
少なくともこんな環境では、教師と学生はちっともハッピーにならない。
じゃ、経営者が悪いのか?悪人なのか?決してそうとは言えない。
なぜなら、営利目的の第一義が「採算が取れるか否か」だから。
こじんまりとした個人経営の店ならまだしも、
日本語学校ともなると、理念や倫理観は、採算が取れてはじめて掲げられるものだろう。
結局、原因は業界の負の連鎖、悪しき体質である。
けれども、体質改善というのはむずかしい。
政界やマスコミ業界、芸能界など、諸々の業界も体質改善がなかなか進まない。
ただ、日本語教育業界に蔓延る業態の一因は、
我々のような「収入よりもやりがい」という考え方かもしれない。
それが生んだ悪循環、言わば「身から出たサビ」で、我々は苦しんでいるのではないか。
ということは、他所がやっているような方法をなぞって、
私が日本語学校を作って留学生や就学生を日本に呼び込むビジネスを始めても、
たぶん同じような事態に陥るということだ。
ところで、私は今、ある学校に所属して、オンラインで日本語を教えている。
従来の日本語学校と違うところは、
「対面」ではなく「オンライン」、受講生は一つのクラスに2〜5人である。
そして、何よりも受講生のほとんどがやる気をもっているというのが大きい。
「日本語が勉強できるところ」を自分で探して申し込んだ人ばかりだから、
そもそも、やる気のない人は来ないという状態に自然になっている。
今のほとんどの日本語学校の学生のように、勉強する気持ちもないのに、
「日本へ行けばなんとかなる」と思って日本へ来ているような人たちとは違う。
というわけで、今の学校でのオンライン授業は、
もちろん、やりにくい面ももちろんあるが、おおむね、楽しく働けている。
ただ、誤解のないように言うならば、「オンラインだから良い」のではない。
場当たり的に一期一会の人相手に会話をして終わりみたいなものでは不完全燃焼。
語学教師としてやりがいを得られる教育環境とは、
シラバスを元に組まれたカリキュラムの中で一定時間の教育と学習が行われ、
教師が楽しく充実した授業を提供することで学習者が楽しみつつ能力を伸ばせる…
というようなものではないだろうか。少なくとも、僕はそういうものを求めている。
「やりがい」については、オンライン授業ではそれなりに満たされているものの、問題は、収入面。
やはり、日本語学校などどこかに所属してしまうと、講師料は満足できるほどは得られない。
というわけで、自分でオンラインスクールを立ち上げてみようと思った次第。
これからどうなっていくのか正直わからないけど、
少なくとも立ち向かうべきものが何か見えたような気がする。
悪循環の鎖から抜け出して、また一歩、進めたような気がする。


